若神子地区

須玉インターチェンジから国道141号線を清里方面に進むと左側に見えてきます。甲斐源氏の祖といわれる新羅三郎義光の菩提を弔うために、その子義清が建立した寺。今でも新羅三郎義光の位牌が祀られています。

正 覚 寺

須玉総合支所西側の山の上にあります。眼下に広がる若神子宿は武田の軍用道路・ 棒道の起点、信州進軍の陣立ての地としての役割を果たしてきました。若神子城は、北城・古城・南城の総称ですが、ふるさと公園は古城の位置にあたります。武田氏が滅んだあとに繰り広げられた北条と徳川の甲州をめぐる戦いでは徳川の陣がおかれました。
この場所は武田信玄が整備したのろしによる通信網の拠点にもあたることから、昭和62年にのろし台が復元されました。
ここからの富士山はなかなかです。

※月曜日閉園

ふるさと公園(若神子城趾)

味噌なめ地蔵

川中島から甲州に戻ろうとした信玄は、この地にあったお地蔵さまを甲州に移そうと縄をかけて引いてきましたが、甲斐源氏の祖である新羅三郎義満の位牌を祀る正覚寺の門前までくるとどうしても動かなくなってしまいました。
いまでも、お地蔵様の背中には引きずられた跡が残っています。
いつの頃からか、体の悪いところにみそを塗って祈れば体が治ると伝えられるようになり、今でもお地蔵様の体には味噌が絶えません。

ほうとう祭り

若神子下宿・三輪神社で毎年7月30日に行われるお祭り。
体のけがれを清めた神をわら人形の腹掛けに入れ、無病息災を祈ります。お祭り食のあずきほうとうもここならでは。
武田信玄の初陣は天文5年・16歳の時のこと、父・信虎とともに信州の海ノ口城を目ざしましたが、平賀源信が守る城の守りは固く、折からの大雪も重なって武田の軍勢はいったん甲斐への引き上げを決断しました。
この時、引き上げのしんがりを努めた信玄は、300人の手勢とともに海ノ口城に引き返して奇襲、武田の引き上げを知ってくつろいでいた源心を討ち初陣を飾りました。
しかし、信虎がこの報告を快く思わなかったため、源心の首級をこの地に葬ったといいます。
長野県との県境に近い平沢には胴塚と呼ばれるところがあります。
※一般のお宅の敷地内です。

平賀源信の墓

おいしい市場

須玉インターチェンジから清里方面に5分ほど進んだ国道141号線ぞいにあります。
名前のとおり、生産者組合の皆さんが出荷した農産物や加工品をはじめ、山梨のおみやげも揃えてお待ちしています。

北杜市須玉町若神子2323
営業時間 9:00〜18:00 年中無休
п@0551-42-1177

今日も新鮮な作物が

安心して食べていただけるものが一番です

今でも体中みそだらけです

国道からはこんな感じ
若葉と桜がきれいです

緑に囲まれた
空間です

ここは武田信玄が整備したのろしによる通信網の中継地点。長野から甲府まで2時間で情報を伝えたとか…

汚れを清めた紙を
わら人形の腹掛けに

これが小豆ほうとう

みんなの汚れをたくされたわら人形が燃やされ
祭りは終わります

須玉小学校の子どもたちも
いわれを調べました

須 玉 温 泉

須玉インターチェンジから国道141号線を清里方向に向かうと、すぐ左手の山の中腹に見えてきます。
高速道路からのアクセスは最高。
日帰り温泉・立ち寄り入浴も可能です。

北杜市須玉町若神子 525
TEL 0551-42-3378 FAX 0552-42-4080

パパステニスクラブ

須玉インターチェンジから国道141号線を清里方向に向かって3km。
クレイコート18面、ドーム式コート3面・ホテル・レストランを備えたテニスクラブ。
スポーツと自然を愛するかたにおすすめです。

北杜市須玉町若神子 2852-7
TEL0551-42-5501 FAX:0551-42-5508

須玉美術館

オノサト・シノブの作品を中心に、靉嘔・宇治山哲平などの現代絵画を収集、展示。また、日本画の中堅・大森運夫のスケッチ画コレクションも充実しています。

北杜市須玉町若神子4495-18
TEL 0551-42-5007 FAX 0551-42-5091

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